アメリカを中心に発展した経済理論、MMT(現代貨幣理論)。日本でもメディアに取り上げられ、多くの議論を巻き起こしています。しかし、そこで繰り広げられる議論のほとんどは、MMTについての理解が不十分なまま行われおり、支離滅裂なものとなっているのが現状です。
この記事では、MMTの重要な概念である「預金」に焦点を当て、預金についての誤解、預金はどのようにして生み出されるのかを、なるべく簡単に分かりやすく解説していきます。
MMTについての正しい知識を身に付けて、建設的な議論ができるようになりましょう。
預金に関する通俗的な誤解
突然ですが、皆さんは預金について正しく理解していますか?預金は手持ちの現金を銀行に預けることで発生する、そして、私たちの預金を元手に貸し出しを行っている、このように理解している人は多いのではないでしょうか。
預金がどのように発生するのかについては、一般的に以下のように説明されています。
銀行は、預金という形で大勢の預金者からお金を預かり、預金者がいつでも預金を払い戻せるように、現金を用意しています。(…)預金者全員がすぐに預金を払い戻すことはまずないので、銀行は預金の全額を現金で用意しておく必要はありません。預金の一部を支払準備として現金で手元に置いておき、残りの預金を企業への貸付に回すことができます。
企業に貸し出されたお金は、取引先の支払いにあてられます。支払いを受けた取引先は、このお金をすぐに使うあてがなければ、銀行に預けることになります。銀行は、支払準備分を手元に残して、残りをまた貸し出しに回します。これを繰り返すと、預金通貨というお金が新しく生み出され、銀行全体の預金残高は、どんどん増えていきます。これを「信用創造」と呼んでいます。
出典:https://www.findai.com/yogow/w00321.html
要するに、私たちの預金は、一部を残して他の個人や企業に貸し出され、再び預金される。さらにその預金は、また別の個人や企業に貸し出される。このプロセスが繰り返されることで、銀行は実際に預かっている金額の何倍にもなる、ということです。
また、上記の引用部分で「信用創造」という単語が出てきました。信用創造については、大きく分けて二つの見方があることを押さえておいてください。
一つが、又貸しを繰り返すことで次第に銀行預金全体が増えていくという見方、もう一つが、貸し出しを行うことでゼロから預金が創出されるという見方です。
引用部分で登場した「信用創造」は、前者の見方で論じられています。主流派経済学でも前者の見方を採用していますが、MMTでは後者の見方を採用しています。
ここまで、預金発生の一般的な説明を見てきました。しかし、これらの説明は誤りであり、現実の金融の実態を適切に説明できていません。
実際、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行の解説記事でも、次のように述べられています。
銀行預金残高はどこから生じるのかについて、よく誤解されることがある。よくある誤解の一つは、銀行は単に仲介役として、預金者が預け入れた預金を貸し出している、というものである。
続いて、民間銀行である三井住友銀行のバランスシートです。
出典:https://finance.logmi.jp/205282
左側が借方(資産)で、右側が貸方(負債)です。右側の負債部分に預金が計上されていることが分かります。
つまり、銀行預金は、預金者にとっては資産ですが、銀行にとっては負債となるのです。
預金発生の一般的な説明では、人々から調達した預金を元手に貸し出しを行っているとのことでした。しかし、銀行は自らの負債となる銀行預金を、いったいどこから調達するのでしょうか。資産の調達はできますが、負債の調達はできません。
ちなみに、左側の資産部分に「現預金」とありますが、これは、三井住友銀行が保有する現金と預金のことです。各銀行は、日本の中央銀行である日本銀行に口座を持っており、そこに預けられている預金を「日銀当座預金」と言います。
預金発生のメカニズム
前項で、預金発生の一般的な説明は誤りであることが分かりました。では、銀行預金はどのように創出されるのでしょうか。
結論から言うと、銀行預金は、銀行の貸し出しによってゼロから創出されます。そして、このプロセスこそがMMTの主張する「信用創造」なのです。具体的に見ていきましょう。
例えば、AさんがB銀行から10万円を借りるとします。Aさんは「B銀行から10万円借りる」と記された借用証書と引き換えに、預金通帳の預金残高に「10万円」と印字してもらいます。
この印字された数字こそが銀行預金であり、印字された瞬間に銀行預金が創出されるのです。同時に、銀行は預金者に対して10万円の負債を負うことになります。
私たちの銀行預金に、ごく僅かながら利子がつくのは、銀行にとって銀行預金は負債で、私たちが一方的に貸し付けているからなのです。
何度も言いますが、銀行は、私たちから集めた預金を元手に貸し出しを行っている訳ではありません。銀行による貸し出し、つまり、信用創造によって、銀行預金という貨幣が創出されるのです。
また、私たちが現金を銀行に預ける時も同様です。私たちは現金を銀行に「預ける」と表現しますが、正しく表現すると、「現金紙幣という日本銀行の借用証書と引き換えに、銀行がゼロから預金を創出した」になります。現金紙幣は、私たちにとっては債権(資産)ですが、日銀にとっては債務(負債)です。
つまり、現金を銀行に預金することは、日銀に対する債権を、民間銀行に対する債権に交換することなのです。
この操作を銀行側から見ると、日銀に対する債権を受け取る代わりに、銀行にとっては債務となる預金を創出することになります。
実際の金融機関による説明も見ていきましょう。またまたイングランド銀行の解説記事から引用です。
銀行は新たな融資を行うことで、銀行預金という貨幣を生み出している。銀行が融資を行う場合、例えば、住宅ローンを組んで家を購入する人に対して、(…)銀行が住宅ローン分の銀行預金を、その人の銀行口座に入金する。この瞬間、新たな貨幣が生まれるのである。
さらに、日本銀行の調査統計局長や理事などを歴任した早川英男氏も次のように述べています。
まず、信用創造がどのように行なわれるかだが、普通は預金ないし現金(マネタリーベース)を元手に銀行が貸出を実行することで信用創造がスタートすると考えられている。しかし実際には、MMTが主張するように、「銀行が貸出を実行すると、直ちに同額の預金が生れる」のであり、事前に預金や現金を用意することは必要でない。
出典:https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3919
このように、銀行の実務に精通した人々は、いずれも主流派経済学の見方を否定すると共に、 MMTの見方に賛同しています。
預金は債務であり債権
既に述べたように、銀行預金は、預金者にとっては資産(債権)ですが、銀行にとっては負債(債務)です。MMTでは、債務と債権の記録こそが貨幣の本質だとしています。(以下の記事で詳しく解説しています。)

つまり、中央銀行が発行する現金紙幣と同様、各銀行が生み出す銀行預金も貨幣ということになるのです。
ちなみに、世の中に出回っている貨幣の大半は、現金ではなく銀行預金です。2021年の6月末時点で、日銀が発行した現金紙幣の総額は約122兆円ですが、銀行預金は約1587兆円になっています。
まとめ
- 預金は手持ちの現金を銀行に預けることで創出され、その預金を元手に貸し出しを行っているとする理解は誤り
- 又貸しを繰り返すことで次第に銀行預金全体が増えていく、このように説明される信用創造も誤り
- 銀行預金は、銀行の貸し出しによってゼロから創出される、MMTが主張する信用創造はこの見方に基づく
- 銀行預金も貨幣の一種
参考文献
- 島倉原『MMTとは何か 日本を救う反緊縮理論』、角川新書、2019年
- 島原原『MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』、白水社、2022年
- 三橋貴明『知識ゼロからわかるMMT(現代貨幣理論)入門』、経営科学出版、2019年